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インドの猫

日記というか、気が向いたと記

ブログ開設

大学3回の前期もちょうど半ばという中途半端なタイミングでのブログ開設だが、深い意味はない。なんとなく眠れず昨年の有馬記念の時に書いた日記を読み返していたのでここに載せておこう(新しいメールアドレスを取得したら新しいブログに記事を移植したくなってしまう)。当時はわりと陶酔していたので陶酔した文章になっている。というか私が文章をかくなんてよほど陶酔している時だけだ。次の更新はいつになることやら。以下、第58回有馬記念というタイトルで2013年12月23日に作成した文書である。

 

 

 

 2013年12月23日、ブログというものを試しに作成してみる。

キリよく新年から始めてもよかったのだが、昨日の有馬記念を見て、今の気分を残しておきたいという気持ちが勝ったのである。

12月22日の朝、迷った挙句に私は阪神競馬場へ行く事にした。先にウインズで午前中のレースの馬券を購入し、阪急に乗りこむ。ウインズから持ってきたレーシングプログラムの馬名プロファイルにて、Orfevre(正確にはフランス語でOrfèvre)とForeverのアナグラムを見つけ、徹夜明けの私の涙腺が緩む。直前まではオルフェーヴルの勝利に疑問を持っていたのだが、柳瀬尚紀のファンである私は、この単純にして美しい綴り替えにいたく感動し、この時点でオルフェーヴルの勝ちをほとんど確信するに至っていた。

オルフェーヴルは2011年の牡馬クラシック三冠馬である、2011年と言えば、東日本大震災という大事件があったが、個人的には大学の入学試験に落ち、予備校にせっせと通っていた年である。しばらく競馬からはやや遠ざかっていた私がその馬の存在を知ったのは、通学途中に隣のおじさんが見ていた、皐月賞の結果を報じる紙面であった。その後、不良馬場ながら馬群を突き抜けたダービー、危なげなく三冠制覇を決めた菊花賞、そしてスローペースを最後方から差し切ったその年の有馬記念と受験勉強のかたわらでテレビ観戦し、中学生の頃に見たディープインパクトのしなやかな強さとはまた違った力強さに驚嘆したのであった。

2012年になって、大学に入学することが決まった私は、競馬研究会というサークルの新歓に参加し、オルフェーヴルも出走する、春の天皇賞京都競馬場まで見に行った。これが私が初めて生で見たG1競争である。結果は11着、ビートブラックにまんまと逃げきられ、見せ場もなかった。かなりがっかりしたのを覚えている。しかし次の宝塚記念では、体調不良説も囁かれる中で圧勝してみせた。このレースも現地で見ていた私は非常に喜んだ。結果として走る彼を見たのはこれが最後となってしまったのであるが。その後は、2度のフランス遠征や、見に行けそうなレースの回避が続き、結局、この有馬記念を引退レースとすることが発表された。

引退レースも、現地まで見に行くことはなかった。ただ阪神競馬場のターフビジョン越しに、その圧倒的な強さを見ていただけである。8馬身、生涯で最大の着差であった。1.3秒遅れてようやく2着の馬がゴール板を横切る。2着にはまたもウインバリアシオン、これで4度目である。彼のラストランに合わせたような故障からの復帰、そして好走。そんな演出も粋だなと思った。今年の大レースではことごとく外してきた私であったが、単勝と三連複を的中し、馬券の面でも良い印象で1年を締めくくることができた(安目であったし、1日の収支は結局マイナスであったが)。

ともかく、この約3年の間に、受験の失敗と成功、大学生活、そしてその頓挫といろいろなことがあった。そんな時期に大きな印象を残してくれた馬であったことは間違いない。彼は私のこの後にどんな影響を与えてくれるのだろうか。とりあえず来年はプラス収支がいいな、そう思う年末であった。