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インドの猫

日記というか、気が向いたと記

6月9日

 お久しぶりです、月に一回くらいは更新したいと言っていたのに案の定全然更新してませんでした。未だに見ている人はいるのかこのブログ。そもそも見てた人はいるのか(アクセス数は伸びていないので誰も見てないと思うけど、その方がいいと思う)。更新を怠っていた理由の一つにはブログの更新を目標としてしまうと生活の中でその内容を考えるようになってしまう、ブログありきの生活になってしまって振り回されるのが嫌だったからで、今回はまあ更新に値する出来事があったので書いています。

 さて、恋人に別れを告げられてしまった。今回はもうダメだと思うデリカシーというものが全くなかったらしい、突然のことではなくてたぶんつもりに積もっていたんだと思う。あとそれをここに書き込むというのは最悪にデリカシーがないと思う。ここしばらくはほとんど唯一の心の支えであったけれど、どこかで突き放されること、愛想を尽かされることをを望んでいたので、これでよかったのかな、そんなことを思っていたのがよくなかったとも言えるけど。試し行動っぽかった(というかそのものでは)。まあ、よくある話といってしまえばそれまでで、結局それに振り回されているのが悲しいような滑稽なような。でも楽しい経験が多くてよかった。

 大学には行かなくなってしまった。自分の適性に疑問を感じて勉強どころじゃない(というのもおかしな話で、適性がわからないのなら必死に勉強すればいいのに)プログラミングは漠然とできるようになったらいいなと考えていたけれど、パソコンは本当に中学の時点でダメだったし、教科書もちっとも頭に入ってこない。これが適性のせいなのか集中力が減退してきているからなのかもわからないし、考えられない。とても大学院を受けるなんて段階ではない、仮に今のまま卒業できたとして、このまま上に行ってどうするんだという気持ち、かといって他にやりたいことがあるのかもわからない。全部全部傍目に見ていたい。6月1日から実家での生活を始めた。何一つ突破口が見えない。いろいろなことに挑戦しなければ見えてこないと言われたし、そうしなければいけないのは自分でもわかっているんだけれど、そんなことをする元気もしばらく湧いてきそうにないや、休憩。

 ナメクジは死んでしまった。ツイッターによると確認したのは5月26日らしい。2年弱の間本当にありがとう。

 今は深夜の2時で、andymoriフィッシュマンズを聞いてる。佐藤さんはこんなにも愛に溢れた曲を作っていたのに飛び降りてしまった。小山田さんもそう。断片的に楽しいことがあるのに恒常的な悲しさに塗りつぶされてしまって、そのことが楽しさを提供してくれる人たちに申し訳ないし悲しい。でも今の悲しさも寝たら薄れるし、小憎たらしいですね。私のお葬式があったらBGMはandymoriのLife Is Partyでお願いします。絶対1000歳まで生きるけど。他にも書きたいことがあったかどうか忘れてしまったけれど、書かれるべきことは書かれるし、書かれなかったことがあったからと言ってどうということもないし、書きたくなったらまた書きます、おやすみ。